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めもめも ...〆(。_。)

認知心理学・認知神経科学とかいろいろなはなし。 あるいは科学と空想科学の狭間で微睡む。

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どうにもならぬ苛々と狂騒のまま床に就いて、雨の音を聞きながら朝を迎えたわけですが勿論そんなことでは何の解決にもならねえ。
ごろんごろんと寝返りと八つ当たりみたく繰り返していたら、ふと読み返したくなった本があった。
わたしが身も世もなく惚れ込んでいる津原泰水の、わたしが思うに最高傑作『蘆屋家の崩壊』を。



そう思ったら矢も楯もたまらず、引越ししても持ち込む少数精鋭本の入ったダンボールからこいつを抜き出した。
神戸の地下道の古本屋さんで出会って以来、この本と住居を別にしたことはない。
わたしとつきあいが古いひとは、わたしがこの本をいかに愛しているか、耳にたこができるレベルで聞かされたことがあるだろう。
この本はいろんな理由で「無人島に一冊だけ持っていくならこの本」に選んでもよい。
雨の音を聞きながら読み返し、改めてその感想を記しておこう。




津原泰水といえば、もともとは少女作家ということで敬遠されるきらいもあるようですが、繊細な文体と幻想的な怪異で読者を飲み込む力量の持ち主。文体スキーならば読まず嫌いはいけないぜ。
という話を出会う本好き皆にしているので今更聞き飽きたぜーという知人も多かろう。
本当今更感激しいのですが、まあそれはそれで巡り合わせということで。

ざくーっと中身を紹介してしまえば、ふらふらフリーターの猿渡というアラサー男性が主人公で、怪奇小説家の通称「伯爵」(いつも黒ずくめでホラー者ということからの綽名)とともに(あるいは伯爵を相手に)、出会う/巻き込まれる怪異を語る・・・といった短編集。
怪異がまるでコットンレースのように繊細複雑怪奇に織り出され、あやなる織り目に巻き込まれ、そのうちあやめもわかたぬ心地になって、猿渡とともにああ・・・とかうぅ・・・とか唸らされてしまいます。

短編なのでひとつひとつは独立しているのですが、うち「カルキノス」と「ケルベロス」という話は時系列的にも連続していてかぶる登場人物もいます。
そのかぶる人物が女優の落合花代というキャラですが、確かこのひと別作品『ルピナス探偵団の当惑』かなんかに出てたような。
津原作品にはそういうファンへのくすぐりみたいなのがちょくちょくあって、代表例としてはこの作品にも登場する「伊予田」があげられます。
少女小説時代の作品の『ロマンスの花束』に、「伊予田鶴亀ジョナサン」という赤毛モヒカン芸術家の強烈なキャラが登場しますが、まあ同一人物ではないにせよジョナサンのイメージを思い浮かべていると伊予田登場短編が一気に胡散臭くなってしまうという罠。
伊予田登場短編は「猫背の女」「埋葬虫」とどちらも生理的にぞわぞわくる鉄板怖い話なので、そこに赤毛モヒカンをダブらせてしまうと脳内カオスすぎて初心者にはおすすめできない(だったらそんな話すんな)。
ちなみにジョナサンといえば津原少女小説代表シリーズにも重要キャラとして登場します。赤毛モヒカンで。
少女小説からの持ち越しといえば、『ロマンスの花束』の「毬谷雛子」は、津原幻想小説出発点の『妖都』で主人公はってます。
まあ他にも『蘆屋家の崩壊』に出るものだけ限っても望月とか枕崎とか他に出てくる苗字がぽろぽろ見受けられるんですけどね。
んでも少女小説のあとがきなんか見てると、知人から名前を拝借して執筆することが多い作家らしいので、頻繁に名前を借りられる知人がいるだけなのかもしれない。
伊予田ジョナサンだけはファンへのくすぐりじゃないかなあ、と思うけど。
閑話休題。

タイトルに冠せられた「蘆屋家の崩壊」は無論ポオを下敷きにしているわけですが、単なる駄洒落にとどまらずアレとかコレとかをモティーフにとりいれておるわけです。
というわけでタイトルだけでも十分ネタバレなんですが、蘆屋家ということで蘆屋道満絡めての和製ホラー大吟醸となっておるのですよ。
そしてラストのせつなさといったら・・・ああ。

怪異の魅力もさることながら、『蘆屋家の崩壊』の魅力は食べ物、特に猿渡と伯爵の共通の大好物である豆腐の描写もまた魅力的。
特にタイトルとなった「蘆屋家の崩壊」に出てくる豆腐談義と、その後偶然立ち寄った食堂の素朴かつ力強い豆腐のところが白眉。
なんせうまさに落涙するレベルらしい。だが誇張に聞こえぬくらい、じんわりと想像上の滋味が胸のうちにひろがる。
そういえばこないだふとたちよったおそば屋さんで出してくれた豆腐も、力強い木綿豆腐の素朴な味わいがおいしかったな・・・
美味とはそういうひとびとの生活の狭間にあるものなのかもしれない。
これを読みつつ豆腐を食すべし。
あと登場する美味といえば刺身蒟蒻とか・・・か、蟹とか。
蟹は・・・うん。
読めばわかる。
あ、あと美味かどうかともかくとして・・・・・・
・・・いややっぱこれはネタバレなので伏せる。
まあ、食道楽におすすめできる幻想小説ですよ、ということで。

そして物語は「水牛群」という珠玉で幕を下ろす。
(とはいえ『ピカルディの薔薇』という続編?にあたるものも出てるのだけど。ただし伯爵登場回数少な目雑学語り少な目美食成分ダウンなので幾分趣向が違う)
端的にいってしまうと、「水牛群」は神経症を患ってしまった猿渡の救済の物語。
たぶん津原泰水は日本一神経症の描写に優れていると思う。
この「水牛群」と『綺譚集』の「天使解体」とで、ああも克明に再現されるものか・・・と思わされる。

そして、いつしか猿渡の陥った症状と、自分を重ね合わせて読んでいることに気づく。
不安定な眠り。金縛り。唐突な痒み。愛していたはずの食事への嫌悪。
ああ、このためにわたしはこの本を読みたくなったのか・・・と思い至る。
猿渡は救済をインクつぼの蓋に喩えている。
そうだ、わたしも、わたしも蓋が欲しい。
息苦しいのは蓋がないせいだ。
蓋が。蓋さえあれば。

ニーチェの苦悩に連想をかけた苦笑いで物語は終わる。
同時に、自分の苦しさも少しは軽くなっているような気がする。
少し、ゆっくり呼吸をしてみる。
だいじょうぶだ。
少し、言葉を紡いでみる。
だいじょうぶ。

繊細な文体を呼吸したおかげで、どうやら日本語は蘇ってきたようだ。
救済の物語は、読者をも救済する。
明日は少し、元気になれるかもしれない。
思えば「水牛群」で言い聞かされる「時は繰り返さない。これが夢でも、繰り返すまい」という科白は、数年前のつらい時期に何度も何度も自分の中でつぶやいていたのだった。
慢性的につらくなると、この本を読み返していたのだった。
だからこの本は手放すことができない。
仮に無人島に本が一冊だけしか持ち込めないなら、これを持って行くしかない。
暗い水底から息継ぎをするように、明るい水面にあがっていく。
コットンレースのような文体の泡とともに。

そうだ晩御飯には豆腐を食べよう。

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