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めもめも ...〆(。_。)

認知心理学・認知神経科学とかいろいろなはなし。 あるいは科学と空想科学の狭間で微睡む。

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え?クリスマスをなかよし夫婦がどんなふうに過ごすかだって?
さぞやロマンチックに違いない?
そうだね…

今年のクリスマスはまあAVGN風にいえばクソスマスでした。
なぜかって?
配偶者の要望だよ!
わーおロマンチックだね!!

というわけでクリスマス休暇に見た映画の紹介がこのめもだ。
クソまみれがいやな人は逃げるように。
(注:今回の「クソ」という単語はすべて日本語でいうところの「愛すべき」という意味です。おげひんな単語がお嫌いな人は、全部置き換えてお読みください)。

1)Claws
某所で「殺人カニ映画」って話してたやつ。
日本で公開されてるのか…?と辛抱強く検索した結果

あったわ…

日本Amazonのほうがあらすじ思い切っていていいですね。
Horrorpediaなるところの解説によると、これはSFなんですが(こらそこ頭をかかえない!)、はっきりいってSF的ディティールはどうでもいいです。
わたしも正直覚えてないです。
そんなことより、

カニが!巨大化して!ひとをころす!!!

このインパクトだけで十分です。
ネタバレにならないようにストーリーに言及すると(まあネタがばれたところでどうということもないのですが)、この手のモンスターものではちょっと意外(そうでもない?)なハッピーエンドを迎えます。
なのでおこさまにもあんしんしてみせられるね!なわけあるか!!!!
ていうか産卵のシーンなんかあったっけ。全然記憶にない。
ターキーかじりながら死んだマグロの目になるという貴重な体験でした。

2)Merry Christmas Mr.Bean
せっかくだからクリスマスものも見ようよ!というありがたい配慮によって混ぜられたShit Com…じゃなくてSit Comです。

Mr.Beanものですが、Beanさん以外にもわりと登場人物がいるしBeanさんとくまだけの世界というわけではないですね。
あとまあ有名エンタテイナーだけあって、ちゃんと製作者の手のひらの上で楽しめます。
個人的には、イエス誕生人形で遊ぶシーンが好きですね。
教会の前とかに似たような人形があるので、勝手に自分たちのなかでそのシーンを再生できてしまって楽しかったです。

3)Dad's Army
BBCのTVドラマを映画化したもののようです。
わたしはBBCに限らず、連続ドラマを継続的におっかけるという作業が苦手なのと、笑い声外挿するタイプの番組が苦手なのとあって全然知りませんでした。

なので、これ単体で見る分にはそこまでひどいとは思わなかったのですが、イギリスではめっちゃ不評の嵐だったみたいですね。
あとでドラマが再放送してたのをちらりと見てみましたが、古びてはいるもののドタバタコメディとしては楽しそうなかんじでした。
そういうドタバタものを、へんにシリアスっぽい仕立てにしたのが不評の一因なのかもしれない。
別タイトル、別キャラクターでこのシナリオでもよかったんじゃないかなあ。
まあそういうのって日本の実写化映画とかでもありそうな…。
いやーどこにでもある問題なんですねー。
わたしは個人的にBill Nighyが人をいらいらさせるじじい(誉め言葉)を演じるのが好きなので、その点で満足度が高かったんですけどね。

4)ミュータント・ニンジャ・タートルズ
言わずと知れた名作のCG化ですね。

まあでもアメコミの素養が足りないので、背後関係とかぜんぜんわかってないんですが。
CGの動きはぬるぬるしてんなー、カメたちなんかきもく描かれてんなー、と思いましたが、「バケモノ」の悲哀とかを考えるならこういう描き方のが正解なのかもしれない。
ティーンエイジャーだ、ということをあんまし知らなかったので、そうなのか…と最初は戸惑いましたが、そのうち「青いな青臭いなこいつら!!」と思うようになりました。
まあ有名どころは安定するよなあ。

5)Pixels
レトロゲーのアレですね。

わたしは一足先に吹き替えを見ていたので、配偶者の人が不満たらたら見ていました。
まあクソ映画は誰かといっしょに見るのが楽しいものだからね…
わたしとしてはSF的味付けも好きだし、レトロゲーを生身でやるというコンセプトにやっぱりわくわくしちゃったので、そんなに悪印象がありません。
街中でおばけサイドになってパックマンを追い詰めたりパワーエサくってるのみてあわてて逃げたりなんて、そりゃあ見るだけで楽しいよ。
公開当初「ゲームしらんやつは楽しくない!」みたいに吹き上がってたひともいたそうですが、レトロゲーなんて、そんな難しく説明いるようなもんじゃないから、「ゲームがリアルと融合してる感」部分以外のB級要素は十分楽しめるんじゃないかと。
それにここまで徹底してエンタメ系(一般の意味でなく一部でしか通じない言い回しのほうで)な映画を作るのであれば、ご都合主義だって歓迎すべきでしょう。
日本で公開する際には、吹き替えで過度な日本ローカライズ&声優ネタに走ったことが非難されていたりもしたようですが、わたしとしては「んなこと言ったってアメリカ人ならわかるネタをそのまんま聞かされてもわかんないんだし解釈のしかたとしてはありじゃね?」派です。
まあそれでもそのローカライズネタがわかんないこともありうるだろうけど、えてしてB級ってそういうハイコンテクストなもんだし…。
だったらもういっそマーサ・スチュアートとセリーナ・ウィリアムスも日本の人物に置き換えちゃえよ!と思ったのですが本人登場してるから無理だった。
日本だったら誰だろう、平野レミさんと吉田沙保里さんあたりかなー。どちらもすごくチャーミングな女性ですが、その両方が選べないくらい好き!ってなったらそりゃ「どういう趣味カテゴリだよ」というネタになるかなあ、と。
まあそんな一言では言えない趣味カテゴリをしている人物を、いわゆる「小人」にあたる人が演じているのがアメリカだなあ、と思ったり。
そういう個人の特徴を前面に出してエンタメとして認められるほうが、「なかったこと」にされてしまうよりか好ましいと思う。
過度に「清潔」ぶるとろくなことないよね。いつの世も。


あとパシフィックリムがTVで再放送してたけど、なんか変形してるの見ながら寝落ちしたのでよくわからない。


その他にも、油断してたら「シャーケンシュタイン」とかいうサメの合成怪人ものを見させられる危険性があった。
いやーあぶなかったー(ニューロンから黒煙噴きながら)


文体だ、流麗な文体を食べたい…
ということで百閒先生の『サラサーテの盤』を読んだ。
表題作はじめ百閒先生の短編小説集。


うっひゃあ…これはホラーだわ。
表題作もなかなかのホラーなのだけれども、わたしが心底ぞっとし たのは『南山寿』という短編。
退官した大学教授の家に、後任の教官が訪ねてくるのだが、どうもこいつがうさんくさくて…というお話なんだけど、始終この後任の教官のふるまいにぞわぞわさせられる上、最後のほうの展開といったら……ホラーを説明しすぎるとろくなことはないので省きますが、ラストに至って背筋の凍るような思いになりました。
やっぱ気温が上がってきたらホラーを読まなきゃな!!

百閒先生の短編は、まさに一合こっきりしかない純米酒のようである。
きりりと冷え、口中で華やかな広がりを見せると思ったらすとんと胃の腑に落ちて、そしてなんだかまわりの世界がふわっと浮いてくるような心持ちがしてくる。
これは…これは酔ったのか?まだその入り口なのか?と訝しんでいるといつのまにか徳利の底が見えている。
もう少し、もうほんの少しだけ味わいたい…と思ってもそれっきり。
あとに茫漠と広がる余韻を、こっちも茫然として眺めて居るしかない。

これで調子づいて杯を重ねると悪酔いする。
なのでわたしも百閒先生の短編集を一気読みするような無謀なまねはしない。
少しずつ、少しだけ、ちろちろと舐めているのがよいのだ。
あんまり読みすぎると、現実がふわっふわ浮ついて、明日からの仕事が手につかなくなってしまう。

冒頭の『東京日記』という掌編集は、東京の地理に詳しくないからかろうじてこちら側に足を残していられるものの、ひとひらひとひらの短さ軽さについつい読み進めて、気が付いたら異界にひとり取り残されるような趣があるので要注意。
現実と地続きの異界を幻視することに関しては本当にもう百閒先生の掌で転がされるしかない。
まあそれが楽しくてならない数寄者が百閒先生を読むのであろ。

そういったホラーの中に、ちょっと異彩を放つ短編が混じっている。
検校もの、とでも呼ぼうか、百閒先生が交流のあった宮城検校の死を扱った小説や、彼をモティーフとした検校を主人公に据えた小説がある。
飄々としてあたかも口元に微笑でも浮かんでいるような、でもまなざしには寂寞たる悲しみが一面に湛えられているような、そんな友人としての顔が浮かんでくる味わいで宮城検校の死を扱った『東海道刈谷駅』もよいのだけれど、検校を主人公に据えて表現を最小限度に絞った『柳検校の小閑』が最高によい。
あれ、これはひょっとして…という小さな疑いは、何一つとして確証を与えられないまま、ラストに至る。
でもこのラストはどう考えても…と思って最後の解説を読めば、はっきりと「恋の物語」と断じられている。
これは、ぎりぎりにまで表現を絞り、何食わぬ顔を貫き通しての「忍ぶ恋」の物語なのだ。
そう思って読み返せば、最初には気付かなかった淡い心の揺れがそこかしこにちらちらと見えてくる。
見えてきたところで、それは何にも結び付かず、ただ淡い淡い波紋を投げかけていくだけ。
こんな、こんな恋物語もあるのか、百閒先生。
奥が深すぎてめまいがする。

ここで油断していると、めまいから異界に連れていかれかねない。
用心だ、用心して今は本を閉じよう。
明日はどうなるかわからない。
寒くなってくるとやたらとイギリスのことが思い出される。
そう長く滞在したわけでもないのに。

そういうわけでイギリスの本を読むことにした。
まずはかるく、岩波さんのディケンズ短編集だ。
イギリスものだからってべたすぎるとかいうツッコミは禁止。



ディケンズといえば、ブラッドベリが焚書坑儒ディストピアものの 中で、「クリスマス・キャロル」に幽霊を出したせいで不本意ながら書を燃やされる側に立たされるキャラとして有名ですし(主にわたしの中だけだろいいかげんにしろ)、明るく写実的な書き手であってポーだのビアスだのといったブラッドベリ好みからかけ離れた作家かと思いきや、なかなかどうして、この短編集はどストレートにそっち系じゃないですか。
悪魔も幽霊も殺人事件もひょいひょい出てくるし、読んでるだけでこっちがいらいらしてくるような鬱屈した話(「ある自虐者の物語」とか)もあって、おまえこれどう言い訳したところで燃やされる側確定だろ!!と叫びたくなるくらいブラッドベリ好みです。
「子守り女の話」なんかは(自伝的色彩がつよいものらしいけど)、こどもが怖い話を聞かされてガクブルする話で、ブラッドベリの短編集に混じってても気付かずに読み過ごしてしまうんじゃないかってくらい親和性が高い。
それと、「子守り女の話」では童謡のような歌が登場する。まあ悪魔が歌うんですけど。
チップスというキャラクターに向かって

レモンに入っているのは、たね。
造船所に入っているのは、ふね。
おれさまの手に入るのは、チップスさね!
(小池滋・石塚裕子訳より引用)

とな。
この語尾の揃え方からいってさては脚韻しているな、と思ったのですが、ふね(Ships)とチップス(Chips)はすぐわかったもののたねに当たるものなんだ…?と首を傾げた次第。
ぴょっぴょと調べるとどうもPipsが相当するようす。
この単語つかったことねえー。語彙少ないなー自分…。

てーかディケンズならもう原文公開されてんのじゃね?と思ったけど、この短編集はあっちこっちの小説から挿入話をひっぱってきたものらしいし、「子守り女の話」自体はもともとはエッセイ集に収録されたものらしくてグーテンブルグプロジェクトにそれっぽいのが見当たらない。
まあいっか。
それよか、英語でだらだら読む訓練に他のを読んだ方がいいかもしれない。
とりあえずグーテンブルグのリンクを貼っておく
http://www.gutenberg.org/ebooks/search/?query=Dickens


岩波さん収録の中でわたしが気に入ったのは、最初の「墓堀り男をさらった鬼の話」、「追いつめられて」、「信号手」ですな。
「墓堀り男をさらった鬼の話」は超コンパクト版クリスマス・キャロル。だけど陰鬱なイングランドの風景、とくにお墓の風景がブラッドベリ好みを直撃する。
「追いつめられて」はミステリというかサスペンスというかまあそういう話なんだけど、ものすごくブリティッシュサスペンスドラマっぽい味わい。いやまあ逆だろうけどさ!こういうの好む視聴者向けに、サスペンスドラマ作ってるんだろうけどさ!
BBCとかがドラマ化してないのかなあ。してたら見たい。
「信号手」もまたブラッドベリ好みを直撃というか、百閒先生とかの幽暗な空気も近い、いかにも古典幻想小説といった味わい。お好きな人にはたまらないタイプのやつですな。

心理っぽい話をするなら、「狂人の手記」はあからさまに統合失調症っぽい。
テンションの乱高下といい人が自分の悪口を言っていると思い込んでしまうさまといい内なる声との対話といい、これ現代なら診断つくよなあ、と思わせられる。
やっぱり医療の進歩ってだいじだなあ。
今、難治といわれている疾患も、将来的にはもう少しよいアプローチが開発されるのかなあ。
そうだといいなあ。

まあそんなかんじで、言い訳の利かないレベルでブラッドベリ好みをぶん殴ってくる短編集でしたので、ブラッドベリ好きならやはりこのあたりは押さえておくべきだな…と実感した次第。
古典ってけっこう読まずにスルーしてるの多いけど、時間と国境のフィルタで濾されて残ってるだけあって、やっぱ読んでみると面白いんだよなあ。
古典パワ、あなどれない。
http://www.afpbb.com/articles/-/3065637
なんか地名に見覚えあると思ったら、『ブリキの太鼓』(こちらのめも参照)の舞台となった街の話だった。
かの地の博物館の庭からヒトラーの頭部像が出てきたのだという。
博物館館長の「これは微妙な問題だ」というコメントから、肯定も否定もできないどうしようにもなさがうかがえる。
ヒトラーだから悪いものだ、と簡単に断じることができるのは、なんら関わりを持っていない人々だけなんだろう。
いやもちろん、ナチスが行った非人道的所業を許せるわけではないのだけど、でも当時ナチス寄りだった人やその子どもが現に生きている場所で、声高に彼らの過去を否定して回ることなんてできないだろう。
「分裂した街」はまだその余波を引きずっているのだろう。
こんなに傷の生々しい「過去」はまだ「歴史」とは呼べない。
チャペックの山椒魚戦争よんだよー。


数少ない岩波文庫に入っているSF。ってかこれ以外に岩波さん収録のSFってあったっけ。
カルヴィーノとかがそうか。

まあいいや。とりあえず古典SFですよ古典SF。
レトロフューチャーですよ。
ざっぱなところのあらすじはタイトルのとおり、そして世間に知られているとおり、山椒魚が文明もって(まあこれを文明って言ってしまっていいのかどうかわからんけども)戦争に至る話ですよ。
まああらすじだけおっかけたところで今更感はげしいのですが。そこはこちとら文体もぐもぐラヴァー、話運びは大いに楽しむことができました。

『山椒魚戦争』は一貫した主人公・語り手の物語ではなく、資料の集大成という体で編まれているので、山椒魚に関するいくつかのエピソードをばらばらに読んでいくことになります。
解説によるとそれぞれの寄せ集めっぷりを見せるために、原本のほうはフォントやら文字色やらいろいろ工夫されていたらしいのですが、岩波さんのは文庫の制限があってそれを再現できなかったそうな。
そこだけは残念なところ。

とはいえ、レトロフューチャーといえど各エピソードはそれぞれぴりりと皮肉が聞いていて、読んでいて思わず笑ってしまうこともしばしば。

わたしの特にお気に入りな箇所は以下のエピソードですね。

1)最初のほうのエピソード、若者たちが単語を学習した山椒魚に出会うところ。
これはもう爆笑もの。
ゾンビ映画の序盤にジョックが惨殺されるのをげらげら笑っちゃう人はこのエピソード好きなんじゃないかな。
まあ山椒魚によるジョックの惨殺を期待すると肩すかしをくらうんですけど(ネタバレごめん)、ゾンビ映画のジョックパートで描かれるような若者の莫迦っぷりと欺瞞と微かに芽生えだすそれらへの自覚がふんだんに盛り込まれていて楽しめます。
このエピソードの最後のオチ、わたしは本当にげらげら笑い出してしまうくらい好きですね。
若いってのはそういうことだよなあ、と。

2)山椒魚に”精神”はあるかと各界の有識者が論じるエピソード
まあわたしも心理屋さんなので、そういうエピソードがあれば気になるしやっぱ面白いよね!
戯画化された研究者たちの議論は、若干露悪的なところもあるんですが、まあ方法論の限られてた時代だし仕方ないよねー感と、にしてもこんな言われようか…というしょっぱさともないませになって、なかなかシニカルな気持ちになって楽しめます。
それにこのエピソードの白眉は各界著名人が「山椒魚に精神があるかないか」コメントした体のアンケートですよ。
トスカニーニとかバーナード・ショーとかメイ・ウェストとか、その時代の実在の人物とおそらく架空の人物が入り乱れてコメントするんですけどこれがまあいかにもそれっぽいんですよ。
まあ基本的に山椒魚の精神の存在を否定するスタンスなんですが、それぞれの立場からどう答えるか、それは転じてそれぞれの立場における「精神とはいかなるものか」という考えを反映しておるんですね。
こりゃもう笑わずにはいられませんよ。
必見です。

3)ラスト
これはもうネタバレに次ぐネタバレなのであえて詳しい内容は言いませんが、古典と思って油断してたらそうくるのかよ!と。
まあ多くは語りますまい。
こればっかりは、初見の楽しみを奪うと何にもならないからねえ。


まあそんなかんじで古典ながらなかなか楽しめました。
チャペックといえば「ロボット」という単語の生みの親としても有名ですが、『山椒魚戦争』は「ロボット」初出となる『R.U.R.』と共通したモティーフであるそうな。
いわゆる「ディストピアもの」ですね。
チャペックの生涯とその時代からいってディストピアものになるのは当然の帰結なんだけど、それにしても時代を超えて、知的生命体や知的機械に対するいわれなき(根拠が挙げられてる場合もあるけど)恐怖ってのがいろんな作家に描かれるのはどういうわけか。
たしかブラッドベリにも、友好的で知能も高いけど見た目は巨大なクモっていうエイリアンを見た目が生理的に無理とかいう理由だけで虐殺する短編あったし。
やっぱキリスト教系の、「ヒトは神様の似姿として創造され、ヒト以外の被創造物はヒトのために存在する下等なもの」みたいな世界観が根強いのか。
日本みたいなアニミズムがつよくて「一切衆生悉有仏性」なんて考え方が出てくるようなところでは、『ドラえもん』とか『チンプイ』なんだよなあ。
(実は『チンプイ』はよく知らないのだけど)
いやまあキリスト教圏にも『E.T.』とか『グレムリン』とかあるけどね。でもどっちかってーといわれなき恐怖を示すのが多い気がする。
知らんもんが怖いのは当然っちゃー当然なんだけど。
そのへん、『Paul』でも最初の出会いはいわれなき恐怖が端的に描かれていたしなあ。
(過去めも参照)
ヒト以外の知的な何か=怖いもの、って知識が流布しているのではないかと。
それってあんまりうまくない態度だと思うんだけどなあ。

とりあえずこういうときは「イルカが攻めてきたぞ!」って言っておけばいいような気もする。

山椒魚に話を戻すと、実はわたしこれを読んでいる間なぜか山椒魚のイメージがずーしーほっきーで固定されてしまっていた。
公式参照のこと。なお、画像集のほうがイメージしやすいかも)
山椒魚の体色は黒いって描写してあるだろ!いい加減にしろ!
とはいえ、色以外の描写からイメージされるあたまのかんじ、手足のかんじ、そして得体のしれないかんじが、ずーしーほっきーみたいな絵だとしっくりくるんだよなあ……
「山椒魚くらい別にこわくないだろ」と思ってしまうわたしみたいなやつは、ずーしーほっきーイメージして読むと、登場人物のぞわぞわ感が楽しめるかもしれない。
ずーしーほっきーがフリー素材としてつかえたら(公開されてる画像を編集するのはNGみたい)、黒塗りして山椒魚イメージ図作れるんだけどなー。


結論:ずーしーほっきーやっぱこわい。

あと、山椒魚の骨がヒトみたいに見えるっていわれた事件のことは前から知ってたんだけど、これ読んでも検証記事読んでも「それはねーよ……」ってなる。
山椒魚かわいいのにね。
さて、京都水族館にでも行って山椒魚を見てくるか。
(画像はちょと古いの)



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